白井英治選手(競艇選手)のプロフィール・...

白井英治選手とは?

白井 英治(しらい えいじ)選手は、山口県出身で山口支部に所属している競艇選手(ボートレーサー)です。

白井英治選手は、競艇界のレジェンドとされる今村豊選手を師匠としており、師匠譲りの巧みなハンドル捌きによって繰り出される鋭角的なターンを得意としています。これに由来して「関門のホワイトシャーク」という異名が付けられています。

そんな関門のホワイトシャークと称される白井英治選手の【プロフィール】【レースでの特徴】【経歴】をまとめてみました。

白井英治選手 データ・特徴まとめ
白井英治選手

白井英治選手(競艇選手)のプロフィール

白井英治選手のプロフィールは、以下のようになっています。

所属支部 山口
登録番号 3897
登録期 80期
生年月日 1976年10月15日
出身地 山口県
身長 173cm
体重 54kg
階級 A1
師匠 今村豊選手
弟子 不明
主な同期 重成一人選手
鎌田義選手
平田忠則選手
飯山晃三選手
香川素子選手
池田明美選手
主な優勝レース モーターボート記念(SG・2014年)
グランドチャンピオン決定戦(SG・2018年)

白井英治選手は、高校卒業後、本栖研修所(現・ボートレーサー養成所)を受験しましたが、1回目は学科、2回目は減量による血圧、3回目と4回目は身長オーバーで不合格となりました。その後、5回目の試験で合格に入所しました。

白井英治選手(競艇選手)の特徴

白井英治選手は、2001年に尼崎競艇場で開催された第6回オーシャンカップ競走でSG初出場を果たし、その後も記念競走やSG競走の常連として出走していたものの、なかなか優勝する事が出来ず「無冠の帝王」と称されていました。

しかし、SG初出走から13年後の2014年に若松競艇場で開催された「第60回モーターボート記念」において、予選道中に落水するなどのハンデがありながらも好モーターを活かして優出し、優勝戦では2コースからコンマ00と渾身のタッチスタートを決めて、1コースの谷村一哉選手を捲って、14回目の優出にしてSG初優勝を飾り、汚名を返上しました。

白井英治選手は、自在派の選手とされながらも、6号艇からの登場の場合は内寄りのコースを取りに動くことが多いです。さらに、ペラの調整やモーター整備をまんべんなく行い、行き足からの舟足を重視しているという特徴があります。

白井英治選手の平均スタートタイミングは0.13と、SG級の競艇選手としても早いスタートタイミングでありますが、1年に1回ほどフライングをする傾向にあります。

白井英治選手(競艇選手)の経歴

白井英治選手は、1997年5月22日に地元である下関競艇場で開催された一般競走の初日の1Rでデビューし、6月13日に宮島競艇場で開催された一般競走2日目の9Rで6コースからまくりを決めて初勝利を飾りました。

1998年12月8日に下関競艇場で開催された「開設44周年記念 競帝王決定戦」(初日)の1RでG1初出走を果たしましたが、選手責任により失格となりました。

1999年1月24日に蒲郡競艇場で開催された一般競走で6コースから差して初優勝を飾りました。

2000年1月25日にびわこ競艇場で開催された「第14回新鋭王座決定戦競走」(初日)の6Rで、5コースから差しを決めてG1初勝利を飾りました。

2001年7月15日に尼崎競艇場で開催された「第6回オーシャンカップ競走」(初日)の8RでSG初出走し、翌2002年3月19日に平和島競艇場で開催された「第37回総理大臣杯競走」(4日目)の2Rで、5コースからまくりを決めてSG初勝利を飾りました。

2003年10月7日に平和島競艇場で開催された「開設49周年記念 トーキョー・ベイ・カップ」でイン逃げを決めてG1初優勝を飾りました。

2011年7月5日に浜名湖競艇場で開催された「東日本大震災被災地支援競走 開設58周年記念 浜名湖賞」で4コースからまくりを決めて6回目のG1優勝を飾り、通算50優勝を達成しました。

2014年8月31日に若松競艇場で開催された「第60回ボートレースメモリアル」で、2コースから谷村一哉選手を捲ってSG初優勝を飾りました。

2017年1月4日に徳山競艇場で開催された「yab山口朝日放送杯争奪戦」で、イン逃げを決めて優勝し、通算1,500勝を達成しました。

峰竜太選手は、2019年2月現在でSGを2勝、G1を10勝、G2を2勝しています。